| ホーム＞雑記帳＞無知の代償を足の指一本で許してもらったアコンカグア 無知の代償を足の指一本で許してもらったアコンカグア 56歳から山を歩き始めてしばらくしたころ職場の山のヴェテランと一緒できるようになり、 おかげで当初考えていたより、山行の範囲が広がった。還暦を過ぎたころ、お互いに体力 も落ち始める予感があり、また時間的にはより余裕ができたことから、今のうちに一度だ け海外の高い山に行こうということになった。 PCができない二人にとって情報源は雑誌の切り抜きか薄っぺらなガイドブックに限られ、 そのなかから二人の体力、技術、そして金力で登ることができるもっとも高い山アコンカグ ア(6962m)を選んだ。国際公募隊や国内のツアー会社の存在すら知らず、ある伝手からア ルゼンチン国メンドーサ在住の増田さんにお世話になり二人で挑戦したが、準備不足等か ら敗退した。 単独で再挑戦した翌年は何とか登頂できたものの、多くの失敗をした。そのことについて 記す。 計画の骨格は ・個人手配の単独行である 車の借り上げ、コンロのレンタル、サンチャゴの宿の予約をサンチャゴ在住の若い友 人にお願いした以外は、全て個人で手配した。 ・軽量化に努めた チタン製アイゼンとこれに合う靴を新調した。 食糧と燃料のC2までの荷揚げをポーターに依頼した。 荷を軽くするため数度外食した。 ・天候、高度順化を考え、登頂日を3回予定した |
多くの失敗を重ねる 高度順化も順調に進み、出国して9日目に最初の登頂に向けBCを発ったが、次のよう な多くの失敗を重ねた。 失敗１ 湯も水も作れない 前年は燃料が不足したので、今回は入念に対応した。しかし、レンタル料もデポジットも きわめて高く、いい製品に違いないと安心していたコンロが、2台とも温度が下がると機能 しない。 アッタク前夜は冷たい夕食とお茶、アタック日は朝食がクラッカーと水、魔法瓶の中も水、 しかも1L足らず。山野井さん流に、水が足らなくなってきたら、雪を入れて凌ぐことにした。 失敗２ 後続が来ない 外は雪で、風もある。前日コンロにかかりきりで、露岩帯のルートの事前確認をしてい ない。時計を見ると気圧が上がっているので、好天と確信して4時発。 ルートファインディングと風とラッセルに苦労する。稜線に出たところ前進キャンプから 3人が出てきたので、心強く感じたが、彼らはラッセル泥棒を決め込み、決して近ずかな い。 グラントラバーシアに入ると恐れていた風は逆に弱まり、積雪も少なく、天気も回復して きている。難所のグランカナレータはこれまた幸いに雪が付いており、蟻地獄の苦しみは ない。しかしステップを造らないといけない。天気も回復し、やっと北峰と南峰の分岐に出 て一休み。後続はずっと下である。 失敗３ 転倒する 路は平坦になり、積雪も少ない。頂上に踏み上がるために態勢を整えようとして仰向け にゆっくり転倒した。誰もいない、ほぼ7000m地点である。意識がはっきりするまで動か ず、頭のコブを確認してから、ゆっくり立ち上がった。事故にいたらなかった幸運に感謝 したが、無事に下山できるだろうか心配になった。 失敗４ 足の指1本が壊死する 用心してC2に降り、隣の日本人にコンロを借りて水分と温かい食事を摂り、泊まる。翌 日BCに戻り、下山用のズックに履き替えたところで、右足の中指がまっ黒になり、壊死し ているのを発見した。冷たくも、痛くも、腫れもなかったので、凍傷ではないだろう。触わ ると堅く感触もない。皮膚を傷つけないで、化膿させないで帰国するしかないと判断した。 |
失敗の本質 上記の４つの失敗はいずれも大失敗となるものが、小さく表に出ただけである。そのも とには、「無知」があった。しかも他国の、高い山を日本の山の延長線上で捉える等甚だ 謙虚さに欠けていた。 まず、装備――他人任せにした。いい加減な知見で対応した。 肝心のコンロの質をレンタル料、デポジット料の高さで信用する馬鹿をした。 店員の言うままにアコンカグア用に新調した靴は、後年国内ガイドから夏靴であると教 えられた。 5800mのC2で使った寝袋も、後年国内ガイドから国内の３シーズン用であると教えら れた。 お湯の入っている魔法瓶に雪を入れると水ができるが、水が入った魔法瓶に雪を入れて も、昔食べた氷水状になるだけである。 次に、水不足――体調も良く、体を過信しすぎた もともと水分をたくさんには摂らないほうである。しかし１日４Lは必要と言われる高所で ２Lは少なすぎる。しかもお湯でなく水である。この水と靴を寝袋に抱いて寝るのはつら かった。指の壊死も凍傷でなく、血液がドロドロになり、足の指に詰まったのではないだ ろうか。転倒も頭に血が十分に回っていなかったからではないか。 最後に、単独行。 3回の登頂日を予定していたので、十分に余裕があったはずである。コンロが機能しなく なった時点でBCまで撤退すべきであった。なぜか前に進み、しかも先行した。素人の単 独行の怖さである。 |
足の指一本で済んだ幸運 無知文盲の代償が指一本で済んだことを感謝すべきなのに、アコンカグア登頂は私に 間違った成功体験を残した。しかしその後国内公募隊（デナリ）と国際公募隊（チョー・オ ユー）で名ガイドに指導を受けてからは、この間違った成功体験を棄て、アコンカグアで 指一本失くすだけで済んだ幸運をかみしめるようになった。 今でもこのことを大事にしている。 (23.6.14) |
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